≡☆ 越生梅林・梅まつり ☆≡
2019/03/02

一昨年(2018)に引き続き、今年もまた越生町で行われた「越生梅林・梅まつり」に出掛けてみたの。

越生梅林

パンフ(表) 〔 越生梅林 〕  大宰府から小杉に天満宮を分祀した際、菅原道真に因んで梅を植えたのが越生の梅の始まりと伝えられる。梅園神社(旧・小杉天満宮)には観応元年(1350)の棟札が現存する。室町時代の名将太田道灌の父、道真は道灌に家督を譲った後、越生に居を構えていた。文人としても名を成していた道真の元には、親交を結んでいた連歌師の心敬や宗祇も訪れ、越生の梅を賞美した句を詠んでいる。幕府が編纂した地誌【新編武蔵風土記稿】に「土地梅に宜く梅の樹を多く植ゆ 実を取りて梅干として江戸へ送る」とあるように、梅は江戸時代には特産品になっていた。明治以降は観光地としても注目され、明治33年(1900)には保勝会が結成され、翌年には奈良の月ヶ瀬梅林にあやかり「新月ヶ瀬梅林」と命名された。「入間川高麗川こえて都より来しかひありき梅園のさと」の歌を遺した佐々木信綱をはじめ、田山花袋や野口雨情も来遊している。昭和17年(1942)には大字堂山字前河原を中心とする地域が埼玉県指定名勝に指定され、関東を代表する観梅の名所、埼玉県屈指の観光地に発展してきた。越生の梅は栽培面積、出荷量共に県内一を誇っている。平成25年(2013)3月 越生町教育委員会

現地で頂いてきたパンフを載せておきますので参考にして下さいね。But 表示するには AcrobatReader が必要なの。インストールが未だの方は左記のサイトからダウンロード〔 無償 〕して下さいね。

撮りためてきたものをスライドに纏めてみましたので御笑覧下さいね。一昨年(2018)に引き続き、今年も「梅香る史跡めぐり」に参加してみたの。尚、青字のリンクをクリックすると現地案内板の説明を表示しますので参考にして下さいね。

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越生町で栽培される梅の7割近くを占めると云う「白加賀」を中心に、梅林内には1,000本余の梅の木があるの。中にはその姿形から龍を思わせる佇まいの梅の木もありますが、古木の「越生野梅」で、200本余が保存樹木に指定されているのだとか。
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今年もまた、地元・越生町の観光案内ボランティアの方がガイドしてくれる「梅香る史跡めぐり」(無料)に参加してみましたので紹介しますね。But ここでは周辺の梅畑の景観の紹介が主ですので、史跡について気になる方は次回の梅まつりの際にご参加下さいね。参考までに、一部ですが、現地案内板の記述を引いておきますね。
最勝寺 ¤ 最勝寺縁起 ¤ 才車の堰跡 ¤ 梅園神社
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帰路につくには大分余裕がありましたので、もう一度梅林へ再入園してみたの。当日に限り、最初の入園時に頂いた半券の提示で再入園が可能よ。史跡めぐりを終えた後や、お昼御飯を近隣の食事処で済ませた後にもう一度じっくりと梅林内を観て廻るの−と云う方は半券を無くさないようにして下さいね。
越生梅林の古木 ¤ 古木「魁雪」
















梅 梅林の周辺を含めると25,000本もの梅の木があると云う越生町。梅林内の梅の木の数が1,000本余だと云うのですから、残りは梅林の外にあると云うことよね。同じ三大梅林でも熱海梅園などの梅の木は観賞目的ですが、この越生では梅干作りの実を採るために植えられてきたもので、そのために品種も限られているの。それでも多くの木が一度に開花して梅畑を白く染めあげて、芳香を放つこの時期は見応え充分なの。梅林を訪ねた際には周辺の梅畑にも是非足を向けてみて下さいね。とりわけ「梅香る史跡めぐり」の途中で立ち寄った宮崎農園の紅白枝垂れ梅は必見よ。それでは、あなたの旅も素敵でありますように‥‥‥

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