≡☆ 城峯公園の冬桜 ☆≡
2016/11/13

埼玉県児玉郡神川町にある城峯公園では、10月下旬から12月上旬にかけて園内に植栽された冬桜が薄紅色の小さな花を咲かせるの。季節は晩秋を迎え、公園内の木々も鮮やかに色付き、背後に連なる山並みを借景に、美しい景観を見せてくれたの。
補:掲載する画像は一部を除いて幾れも拡大表示が可能よ。気になる画像がありましたらクリックしてみて下さいね。

城峯公園

1. ( JR高崎線 )本庄駅 ほんじょうえき 8:31着 8:58発 南口(1)番乗場 朝日バス「神泉総合支所」行

これから御案内する城峯公園の冬桜ですが、実は、一昨年に観に行こうと決めておきながら、結局は諦めた経緯があるの。と云うのも、公共の交通手段に頼らざるを得ないξ^_^ξには、城峯公園はアクセスの容易ならぬ場所にあり、頼みとする神川町営バスに至っては上り下り共一日に5〜6便しかなくて、早朝と夕方のバスを外して考えると更に限定されてしまい、現地に着いても駆け足で見て廻らなければならず、ノンビリと散策なんかしていられないんじゃないかしら−と思ったの。そうして一度は諦めたものの、季節が再びめぐり来ると、可憐な花びらを纏った冬桜の姿が瞼を掠めるようになり、誘惑に負けてしまったの。¥660 〔 2016.11 現在 〕

本当は、仮に最終便に乗車することになったとしても、深夜にはなるけど、その日の内に帰宅することは出来るじゃないの−と開き直ったの(笑)。最初に乗車した本庄駅と神泉総合支所を結ぶ 朝日バス の運行本数にしても決して多いとは云えないの。お出掛け前には最新情報を御確認下さいね。気になる神川町営バスの運行情報ですが 神川町公式HP から、行政情報 → 交通アクセス → 町営バス時刻表 へとリンクを辿ってみて下さいね。

2. 神泉総合支所前(新井商店前) かみいずみそうごうししょまえ  ( あらいしょうてんまえ ) 9:43着 10:08発

ここで、ξ^_^ξと同じようにバスを利用して追体験してみようと思われた方にお知らせよ。朝日バスの行き先名には確かに「神泉総合支所」とあるのですが、実際には庁舎から離れたところで終点となるの。でも、御安心下さいね。朝日バスの終点「神泉総合支所」が、神川町営バスでは「神泉総合支所前(新井商店前)」のバス停になるの。早い話が、朝日バスを降りたら、そこで神川町営バスが来るのをじっと待つだけのこと。分かってしまえば何のことはないのですが、ここで待っていて本当に大丈夫なのかしら−と、最初は不安だったの。

それはさておき、バス停には御手洗いが併設された待合所があるので、バスの待ち合わせも安心よ。乗り継ぎに時間がありますが、待合所に用意された地元の観光パンフに目を通していれば、あっと云う間よ。¥300 〔 2016.11 現在 〕

冬桜の里にふさわしく、神川町ではバスの車窓からもあちらこちらで可憐な花を付けた冬桜の姿を見掛けましたが、バス停前の道路際からも民家の庭先に植えられた冬桜が枝を伸ばしていたの。待ち合わせ時間を利用して一足早く冬桜との御対面よ。

3. 城峯公園BS じょうみねこうえんばすてい 10:26着発

左端が城峯公園バス停の様子を撮したものですが、赤いパイロンで囲まれたところが停車位置になり、画面の奥へと続く道を辿ると、今回の目的地・城峯公園になるの。因みに、バス停の左手には御覧のような展望が広がるの。

4. 城峯公園 じょうみねこうえん

パンフ(表) パンフ(裏) 城峯公園は下久保ダム建設で出来た神流湖を眼下に見おろせる高台に位置する公園として、昭和48年(1973)に旧神泉村(現・神川町)が整備したもので、中でも多くの来園者を惹きつけているのが、園内に植栽された冬桜なの。冬桜と云っても、城峯公園の冬桜は十月桜の改良種で、埼玉県が苗を作り、植栽したものだそうよ。当初は300本程だったものが、現在では7haの園内に600本もの冬桜が植えられているのだとか。開花時期は10月下旬から12月上旬に掛けてで、薄紅色の小さな八重の花をつけるの。桜の代表格のソメイヨシノのような華やかさは無いけれど、楚々として秋風に揺れる姿にもまた惹かれるものがあるわよね。残念ながら未体験で終えていますが、開花期間中は冬桜のライトアップも行われるの。それからもう一つ、城峯公園では紅葉が一緒に楽しめてしまうの。

実は、訪ね来る前までは観るべきものは冬桜だけだと思っていたのですが、いざ園内を散策してみたら紅葉も真っ盛りだったの。これはお薦めよ。お出掛けの際には桜園だけでなく、園内に設けられた散策路も是非歩いてみて下さいね。

出掛けた際に頂いてきたパンフをアップしておきましたが、表示するには AcrobatReader が必要なの。
インストールが未だの方は左記のサイトからダウンロード 〔 無償 〕 して下さいね。

ξ^_^ξが訪ねたとき ( 2016 ) には入園に際し、入園料の代わりに冬桜協力金 ¥200 が必要だったの。協力金は城峯公園内の環境保護と冬桜の維持管理に役立てるためのものと断り書きがありましたが、H29 ( 2017 ) からは不要になったみたいね。善意の寄附なら How come & Welcome かも知れないけど。

それでは、早速、園内のお散歩に出掛けましょうね。
今回は目にした景観をスライドに纏めてみましたのでお楽しみ下さいね。
御覧になりたい方は画像をクリックして下さいね、別窓( or 新しいタブ )を開きます。

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先ずは公園入口から園内へのアプローチになるの。早速とばかりに、真紅に色付いた紅葉がお出迎えよ。途中で見掛けた大岩は、無事帰る−の意のカエル岩。大切な思い出になるハズですもの、冬桜観賞の後はお気を付けてお帰り下さいね。
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冬桜が多く植栽された桜園は後程改めて立ち寄ることにして、北側の園路を歩いて第二広場へ。途中には不思議な姿形をした木々が並び立っていたの。じっと見ていると、木の精霊達が何かを語り合っているようにも見えて来るの。
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その第二広場で折り返し、ツツジ・サツキ園を右手に桜園へ。何と、まさかのツツジが咲いていたの。ツツジと冬桜、そして紅葉とのコラボレーションと云う、他では仲々観ることが出来ない景観が広がっていたの。
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展望デッキから桜園へ下りると最初にこの紅葉が。その紅葉をくぐり抜けた先に冬桜が楚々として枝を広げていたの。薄紅色の花びらを付けた冬桜が、初冬の陽射しを浴びながらつかの間微睡んでいるかのようにも見えて。散策の最後は展望台からの神流湖の景観よ。

5. 城峯神社 じょうみねじんじゃ

バスの下車時に目にした鳥居のことが気になっていたこともあり、帰りのバスの待ち時間にも大分余裕があることから訪ねてみることにしたの。それがこの城峯神社で、一の鳥居脇には「本殿まで100m」の案内があり、それなら拝観時間を含めても余裕で往復出来るわね−と安心して足を向けることが出来たと云うわけ。いざ訪ねてみれば、社殿前には珍しい像容の狛犬が脇侍していたの。狛犬というよりもイヌそのものに見受けられますが、それもそのハズ、この城峯神社はオイヌサマを信仰対象として祀るお社のようね。尤も、この場合のオイヌサマと云うのはイヌ(犬)のことではなくてオオカミ(狼)のことだけど。

〔 城峯神社 〕
神川町大字矢納1273
町指定史跡
昭和44年(1969)11月1日指定

と云っても、オイヌサマが主祭神と云うわけではなくて、オイヌサマは山の神さまの使いや眷属としての信仰対象なの。お稲荷さんには倉稲魂命( うかのみたまのみこと:宇迦之御魂神 )と云う立派な神さまが祀られているけれど、その神使はお狐さまよね。今ではそのお狐さま=お稲荷さんと思われている方が殆どでしょうが、城峯神社のオイヌサマ信仰はそこまではいってないようね。それはさておき、一の鳥居脇や境内には幾つもの由緒書きが立てられていましたが、ここでは第62回伊勢神宮式年遷宮記念に建てられたものを紹介しておきますね。それ以外の由緒書が気になる方は こちら を。

〔 城峯神社御由緒 〕  矢納の地は、北の群馬県境を神流川が限り、南端に城峯山(1,037.7m)、中央北部に神山(732m)が聳える。当社は神山の中腹(480m)に鎮座しており、神山の頂には奥宮が祀られている。社伝に依れば、景行天皇の41年、日本武尊東征の折、この山の非凡なるを見て登り、自ら山嶺に矢を納めて大山祇命( おおやまつみのみこと )を祀り、遙か大和国の畝傍山にある神武天皇陵を拝して賊徒平定を奉告した。尊が矢を納めたので矢奈布と呼び、後に矢納に改めたと云い、また、尊は高峰の頂に霊畤(祭場)を設け、加美屋満と名付けたが、これが後に神山と称するようになったと云う。天慶3年(940)平将門の弟・将平が当山に矢納城を築いて反旗を翻したとき、藤原秀郷は勅命を奉じて討伐に向かい、賊徒平定を祈願し、乱が治まって後、厚く祭祀を行い、城峯の社号を付し、山頂に城峯奥宮を創立した。社殿は二度の焼失に遭い、正保2年(1645)に再建した。元文2年(1737)に幕府の命により柚木清太夫が祭祀を司るようになり、明治維新まで柚木家邸内に社殿があったと云う。【風土記稿】に当社は「山祇社 城峯山の絶嶺にあり 長楽寺持」と記されている。これに見える別当の長楽寺は、光明山明王院と号した真言宗寺院であったが、明治初年に廃寺となった。当社は明治5年(1872)に村社となり、同17年(1884)には郷社に昇格した。御祭神と御神徳:大山祇命‥災厄除け、五穀豊穣、健康良運  御祭日:祈年祭(2/17)・例大祭(5/5)・新穀感謝祭(10/17)

現在地に遷宮してきたのは明治5年(1872)のことのようですが、実は、同名の城峯神社が城峯山(1,037m)の麓、秩父市吉田石間4716の地にも存在するの。両社の位置関係はお手元の地図等で確認して頂きたいのですが、意外なほど至近距離にあるの。ξ^_^ξが今回訪ねた城峯神社が鎮座するのは神山の中腹ですので、城峯山の山麓に位置してある秩父市吉田石間側の城峯神社が本社かと思ったのですが、そうでも無いみたいね。同じ社号を称してはいますが、両社には直接的な繋がりは無いようなの。

紹介した由緒書きにある【風土記稿】の記述にしても「城峯山の絶嶺にあり 長楽寺持」とあることから、それは吉田側の城峯神社のことではないのかしら−と思ったのですが、調べてみると吉田側の城峯神社の別当は城峯山長伝寺(曹洞宗)とあり、【風土記稿】の記述は、やはり神山の城峯神社のことのようね。詳しく調べたわけでは無いのですが、似通った歴史と伝承を背景に、至近距離で二社が独立併存してきたみたいね。勿論、その間には紆余曲折があったようではあるのですが。

6. 城峯公園BS じょうみねこうえんばすてい 15:17発

訪ねたのは、冬桜も見頃を迎えた休日のことでしたので混み合うかと危惧していた町営バスですが、意外にも利用客全員が余裕で座ることが出来たの。車での来園者が殆どのようで、ξ^_^ξのようにバスを乗り継いでの来園者は少ないみたいね。でも、そのお蔭で、帰りのバスの車窓からは御覧のような景観を楽しむことが出来たの。

7. 神泉総合支所前(新井商店前) かみいずみそうごうししょまえ(あらいしょうてんまえ) 15:31着 15:52発

8. JR本庄駅 ほんじょうえき 16:37着


もう、今年は花の便りを聞くことも無いわね−と思っていたところに、季節外れの開花の知らせを耳にしたの。それが今回訪ねた神川町にある城峯公園の冬桜だったの。いざ訪ねてみれば、地元では城峯公園だけでなく、お隣の群馬県藤岡市にある桜山公園を含め、神流川流域一帯を「冬桜の郷」として観光アピールしていたの。その桜山公園ですが、公共の交通手段を利用してのアプローチとなると殆ど不可能に近く、残念ながら訪ねることなく今日に至っていますが、機会があれば是非一度訪ねてみたいものね。今回紹介した城峯公園ですが、冬桜もさることながら、見事な紅葉でも目を楽しませてくれたの。また、神流湖を見下ろせる高台に位置することから、周囲には山並みの稜線が連なるなど、非日常的な景観を堪能することも出来たの。冬を間近に控えた秋の一日、澄み切った蒼空の下、可憐な花を付けた冬桜に、あなたも逢いに出掛けてみませんか。それでは、あなたの旅も素敵でありますように‥‥‥

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