≡☆ せせらぎ菖蒲園 ☆≡
2017.05.27 & 2017.06.17

埼玉県の富士見市にあるせせらぎ菖蒲園を訪ねてみたので紹介しますね。
掲載する画像は幾れも拡大表示が可能よ。気になる画像がありましたらクリックしてみて下さいね。

花菖蒲

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せせらぎ菖蒲園は富士見市の市制施行20周年を記念して整備された公園で、平成6年(1994)に開園しているの。正式名称としては山崎公園なのですが、愛称としてのせせらぎ菖蒲園の名の方が広く知られているみたいね。面積は約1.2haと、こぢんまりとした公園なのですが、メインとなる菖蒲田ゾーンには5,000株60種類の花菖蒲が植栽され、1,000m²程ある菖蒲田には八ツ橋と呼ばれる木製の観賞路が設けられているので、その八ツ橋をめぐりながら花菖蒲を愛でることが出来るの。そのせせらぎ菖蒲園を花菖蒲の開花を待って訪ねてみましたので紹介しますね。菖蒲田に咲く花菖蒲を撮したものをスライドに纏めてみましたので、御笑覧下さいね。左掲の画像をクリックすると別窓を開きます。

せせらぎ菖蒲園の詳しい情報は 富士見市公式HP を御参照の上、TOP > 市政・まちづくり > 地域活性化 > フィルム・コミッション富士見 > 山崎公園(せせらぎ菖蒲園)−と、リンクを辿ってみて下さいね。But リンク切れの際はごめんなさい。

some-01.mp4 公園の入口広場ゾーンに隣接して樹木見本園があり、公園とは無関係のようでしたが立入禁止にはなっていなかったので失礼して見学させて貰ったの。そのときに目にした木々の一部を始め、せせらぎ菖蒲園の園内には紹介した花菖蒲の他にも、ツツジや紫陽花、ポピーなども咲いていたので、ほんのさわりだけですが、併せて紹介しておきますので、お出掛け時の参考にして下さいね。御覧になりたい方は左掲の画像をクリックして下さいね。

足を延ばせば ‥‥‥
せせらぎ菖蒲園から足を延ばすと、国指定史跡の水子貝塚があり、現在は史跡公園として整備され、復元された竪穴式住居をはじめ、貝塚からの出土品などを展示する資料館や、住居跡の復元遺構を見ることが出来る展示館などがあるの。公園までは富士見江川沿いの道を木染橋まで歩いたこともあり、ξ^_^ξのノンビリとした足取りでは辿り着くのに40分近く掛かってしまいましたが、川風に吹かれながら、日頃の運動不足解消を兼ねて一汗掻くのもいいかも知れないわよ。(^^;

〔 水子貝塚 〕  国指定史跡・昭和44年(1969)9月9日指定・指定面積:39,347m²
富士見市は、日本最大の平野である関東平野の一角にあります。関東平野は富士山などの火山灰が堆積して出来た関東ローム層の台地と、利根川や荒川などの大きな川が流れる低地からなります。富士見市は、西半分が武蔵野台地、東半分が荒川低地の上に広がっています。この低地に、縄文時代は海が広がっていました。海の幸を求めて集まった人々は台地の上に多くの貝塚を残しました。その中でも最も大規模なものが水子貝塚です。水子貝塚は、昭和12年(1937)に発見され、昭和13年(1938)・14年(1939)・42年(1967)の3回の調査によって縄文時代前期中頃(約5,500年前)の小貝塚が多数環状に分布していることや、小貝塚は竪穴住居の跡に貝殻が捨てられたものであることなどが明らかになりました。

これらの成果から、昭和44年(1969)に「縄文時代前期の多くの小貝塚からなる大規模な貝塚群の一つであると共に、小貝塚の分布から貝塚形成当時の集落の規模形態を推測しうる遺跡として学術上価値が高く、また遺跡の遺存状況も良好である」として、国史跡に指定されました。昭和45年(1991)には、史跡等活用特別事業(”ふるさと歴史の広場”事業)に採択され、国と埼玉県の補助金の交付を受け、整備事業を開始しました。平成6年(1994)6月1日、水子貝塚公園(愛称「縄文ふれあい広場」)として一般公開されました。 1号復元住居

園内には4棟の竪穴式住居が復元されていて、その内の15号復元住居内には縄文人の家族の生活が再現されているの。発掘調査ではこの15号住居跡からは女性の人骨が屈葬の状態で発見され、傍らの柱穴には犬の骨が埋葬されていたの。水子貝塚展示館を訪ねて初めてそのことを知りましたが、同じく愛する犬がいる者として、パネル解説に思わず目頭を熱くさせられてしまったの。今から5,500年以上も前の、遠い遠い昔に生きていた縄文人の女性に、俄に親近感を覚えてしまったξ^_^ξです。 15号復元住居

〔 縄文人と縄文犬 〕  日本人は、縄文文化を残した人々と、弥生時代や古墳時代に渡来した人々が混じり合って出来上がりました。弥生以降に渡来した人々が北方アジア系の特徴を持つのに対し、縄文人の顔は突き出た眉、ぱっちり開いた目、鼻筋が通って広い鼻、強い下顎など、狩猟採集生活で鍛えられた逞しさと、南方アジアの人々に似た彫り深さを併せ持った顔です。平均身長は女性で150cm弱、男性で160cm弱と小柄です。水子貝塚15号住居跡には、壮年(30-40代)の女性が、縄文時代に多い屈葬と呼ばれる手足を折り曲げた姿で、貝殻の中に葬られていました。死亡年齢は当時としては平均的なところです。前歯が極端に磨り減っていますが、生きている間に、皮なめしなどで酷使したためです。

犬は人類最古の家畜と云われ、日本でも縄文時代には飼われていました。縄文時代の犬は小柄で、柴犬と似た体つきでした。犬の骨は埋葬された状態で発見されることが多く、狩の相棒として大切にされていました。水子貝塚では女性の骨が埋葬されたと同じ15号住居跡の柱穴に、犬が埋葬されていました。生まれて1-2年の若い犬です。別の柱穴には、埋葬された犬と別の犬の牙を加工したペンダントが埋められていました。この住居に住んでいた人々、あるいは葬られていた女性は、犬と余程深い関係があったのかも知れません。水子貝塚展示館・解説パネル

















名の知れた公園に較べたら見劣りするのは否めませんが、それでも、開花期を迎えて1,000m²の菖蒲田に花菖蒲が咲き乱れる光景は見応え充分なの。加えて、観賞路の八ツ橋が趣を添えてくれるの。花を身近に愛でることができるのもいいところよね。タイミングが合えば、紫陽花やポピーとのコラボレーションも楽しめるの。気温の寒暖などに依り、その年の花の開花時期が前後しますので、いつなら見頃と御案内することもできませんが、普段の行いの良い方 (^^; にはきっと花菖蒲もいっぱい微笑みかけてくれると思うわ。気が向いたら、水子貝塚公園にも足を向けてみて下さいね。それでは、あなたの旅も素敵でありますように‥‥‥

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